昨日は、自分のバックグラウンドに係る部分まで長々と書いてしまったので、今日は短めにしたい。
<発表部分を読み終えての一応の結論>
結局、この文章の現在発表されている部分は、一種の「ファンタジー」だと思う。水村氏或いは「語り手」(以下、「語り手」)に言いたいことがあるのは理解できたし、そのために様々な事例が引かれていたりするけれど、文中で行われている、それぞれの事例の検討や自分の主張への敷衍などを検討した限り、これは「ファンタジー」として捉えた方が良いと思う。
もちろん、「ファンタジー」だから悪いということは特にない。自分の経験でも、いくつかの「ファンタジー」には、十分に人に訴えるものがあった。
だから、この評論(?)が「ファンタジー」であっても、自分にとっては畢竟かまわない。『これからは、日本でも、英語でものを書く人が増えるんじゃないかな?日本語で書くのって、ダサくなっちゃうかもね。』といったこの発表部分の主旨については、私自身も「そうかもしれない」と思っている。
ただ、仮に『過去のラテン語やアラビア語のように、英語が普遍語として復活して、国語を使う私達を支配・抑圧しようとしている』といったことまで主張したいのだとすれば、それを論理的に納得させるほどの説得力は、残念ながらない。
「語り手」はそうした説得力など求めていないのかもしれないけれど、それならば、もっとコンパクトで詩的なファンタジーにした方が、逆に「語り手」の考えとか趣旨はうまく伝わったのではないか。たとえば、ミシェル・トゥルニェの寓話のようなスタイルの方が向いていたと思う。
<若干の検討経緯>
上記のような結論に到った経緯について、備忘のために若干書いておく。
まず、文中の主要なプレイヤーである「国語」等の定義。「国語」が<国民国家の国民が自分たちの言葉だと思っている言葉>と定義されているが、「国民」「国民国家」が定義されていないので、定義として中途半端。
その結果、『翻訳』や『二重言語者』が不当に扱われてきたとの主張があるのに、「誰が」「どういう理由で」不当に扱ってきたのかが、判然としないままになっている。ここを判然とさせれば、『<国民文学>としての小説が栄えたのは歴史の一つの時代である』(P.207)と主張される理由が、もっと明確になったはず。
「語り手」は、面倒なのか、「重たく」なるのを避けたいのか、(そうした基礎が必要となる論旨を展開しながら)ナショナリズムとか国民国家の形成といった「重たい」話を避けている。しかし、これらの基礎を避けてしまうと、肝心の『英語という1つの普遍語が現れた』ことの歴史的な特異性を、うまく説明できなくなると思う。
たとえば文中には、『イギリス、そしてアメリカが突出した国力をもつようになると、世界勢力の均衡が目に見えて崩れはじめる。~政治的軍事的経済的に英語圏の勢力が一人勝ちしたことが明らかになるにつれ、英語という<国語>が一人勝ちしたのも明らかになっていく。』(P.202)といった説明がある。
けれど、国民国家とかナショナリズム、それらの推移といった「足場」がないせいもあってか、たとえば「なぜ国の勝敗にそって国語の勝敗の趨勢が決まるのか」が「語り手」の定義では不明であるなど、説明としては綻びが見える気がする。
まあ、確かに、ありふれてしまった「ナショナリズム」「グローバリゼーション」論を、「国語」「普遍語」という言葉の側面で展開しようとしているところに、本評論(?)のおもしろさがあるのかもしれないけれど、評論であるのなら、論旨の破綻はまずいと思う。
次に、陰の主要登場人物であるベネディクト・アンダーソンの扱い。
少なくとも今回の発表部分を読んだ限りでは、「語り手」は、アンダーソンの著作からかなりの示唆や影響を受けているし、部分的には、立論の支えにもしているけれど、アンダーソンの議論との差別化は図りたいようだ。
その上で、「語り手」は、どうやら、本評論(?)の1つの柱(差別化の一環)として、『英語が唯一の<普遍語>となったのに、英語を母語とする人間には、その現状が把握できない』という命題を必要としているように伺える。
つまり、『過去に葬ったと思っていた~二重構造が再びむくむくと頭をもたげてきている。今回は、英語というたった一つの<普遍語>が、言語の二重構造を世界全体に強いようとしている。』(P.209)としているように、「語り手」にとっては、「普遍語」は現代にも現れるものでなければならない。
まず、『想像の共同体』の中で、アンダーソンは、中国語、ラテン語といった「聖なる言葉」が、改宗という経路によって外に開かれていたことを、イギリス人が法王になったり、満州人が皇帝になった例を挙げて、同書のかなり冒頭で指摘している(日本語訳旧版のP.31)。
こ れは、概念の建て方こそ違え、「語り手」のいう「普遍語」だろう。
「語り手」もP.188下段でそれを認めているけれど、『~それは、かれにとって、中心的なことではな い。』とした上で、アンダーソンの普遍語のとらえ方は閉鎖的、自分のとらえ方は開放的、といった説明をしている(P.189上段)。
これはかなり無理がある説明だ。アンダーソンは、「語り手」のように『普遍語の復活』を必要とはしていないから、「普遍語」の位置づけ、或いは概念自体が、当然、「語り手」とは違ってくるはず。それは論の建て方の違いであって、アンダーソンが「普遍語」を閉鎖的に捉えていたことにはならない。少なくとも『想像の共同体』をみる限り、アンダーソンは、「普遍語」とその開放性を認識していたと考えた方が自然ではないか。
ここで、『想像の共同体』におけるアンダーソンの議論を、極めて雑に、「国民国家の形成という要請は、潜在的に国語という存在を必要としたが、印刷手段・印刷物の輸送手段の急速な普及によって成立した国語は、やがて国民国家を支える重要な要素にもなった」と要約してみる。つまり、アンダーソンの議論では、聖なる言語、「普遍語」は、現代に復活しない。或いは、現代に復活することは想定されていない。
この時、たとえば、「国境を無意味化する技術が実現→デファクトの共通語としての英語 が浮上」という、現状のありふれた説明は、「国民国家という枠組みの無力化」「それに伴う国語の事実上の消滅、共通語の出現」という『アンダーソン後』の議論と解釈できて、過去と同様の「普遍語」が復活する訳ではないから、アンダーソンの議論と必ずしも矛盾はしない。
ところが、「語り手」の議論では「普遍語」が復活する必要があり、これはアンダーソンの議論とはそもそも整合しない。かつ、この点がこの文章の他にない「売り」なのだとしたら、「語り手」は自ら議論を組み立てる必要があるはずだ。
ところが「語り手」は、このアンダーソンの議論との不整合を、全て『アンダーソンは英語を母語とする人で、多言語主義者で、アイルランド人だから、<普遍語>という現実が見えなかったのだ』と、アンダーソン側に問題があると説明しているように見える。「普遍語の復活」は当然のことなのに、アンダーソンが分かっていないだけ、という訳だ。実際どうなのだろう。
「語り手」が引いている『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』のP.96~100を読んでみると、アンダーソンは、各国語を使う人々が相手の国語をも使って(電信や輸送手段を通じて)連絡し始めた『初期グローバル化』という時代を、実態調査を踏まえて捉えようとしていて、そこに現れる人々について、「かれらは、他の言語集団に属する人々と感情的なつながりを得るためにこそ、言語を習得し、その精神世界に入り込むことを望んだのです」と述べている。
この『初期グローバル化』というアンダーソンの捉え方にはかなりの説得力があって、上記のような、彼の『想像の共同体』での議論をうまく修正・補強しそうに、私には思える。たとえ、『初期グローバル化』が、現時点の社会までは説明できないとしても、その事は、この議論の妥当性を損なうものではないはず。アンダーソンは、自らの議論の弱点を、自分なりに補強しようとしていた。
それなのに、「語り手」は、このアンダーソンの議論を正面からは検討せずに、『~もう自分の子供たちは英語の「え」の字も知らなくともよい、それよりもぜひほかの言葉を学ばせようなどという気になる人が、いったいどれぐらいいるだろうか。』と難癖をつけるだけで済ませて、「多言語主義だから」「アイルランドは贅沢な公用語政策を採用しているから」といった理由で、『<普遍語>にかんしての思考の欠落』という烙印を押して、当の『普遍語の復活』については、どう読んでも自らの手による十分な理由付けをしていない。
「語り手」のアンダーソンに対する不満は、つまりは、彼の議論のままでは「語り手」が必要とする『普遍語の復活』が説明できないからだろうけれど、それは無い物ねだりでしかない。なぜ、自分の立論上必要な点として、正面から構築とか説明とかしていないのか、ちょっと謎だ。
後は、細かい点。
『~かれらがラテン語の散文で書くようになったのは、紀元前三世紀に活躍した大カトーからだと言われている。しかも、ラテン語の<書き言葉>はギリシャ語の<書き言葉>を翻訳する行為から生まれたものであり、~』(P.191)
通説では、古ラテン語は前1世紀までを指していて、この頃までは、ギリシャ語に合わせるために後に導入された「Y」「Z」は、ラテン語にはなかった。古ラテン語については、古い碑文もかなり見つかっており、エトルリア語等の影響を受けているそうだ。「Y」「Z」がアルファベットに入るのは、前1世紀からの古典ラテン語から、と言われている。
『ラテン語が<普遍語>として大活躍し始めるのは、カトリック教会の力が弱まり、度重なる聖戦を通じて、イスラム文化圏で一千年以上保持されていたギリシャ哲学-キリスト教圏では途中から禁じられるようになったギリシャ哲学に、ヨーロッパの人々がふたたび触れるようになったころからである。』(P.194)
これは、いつの時代を指しているのだろう?たぶん、十字軍によってアラビア語の文献がもたらされ、そのラテン語への翻訳によって、アリストテレスの哲学・自然学が、キリスト教会にも積極的に受け入れられて、アクィナスによるスコラ哲学の形成へとつながった、いわゆる「12世紀ルネサンス」を指しているのではないか。
それが、どうして、16〜17世紀のコペルニクス、ガリレオ、ケプラーなのか。
また、『かれらはみなラテン語で書いた。』(同)としているが、少なくともガリレオは、「語り手」が触れている『新科学対話』も含め、主著をイタリア語で書いている。同様にラテン語で書いた例として、ホッブス、スピノザ、ライプニッツを「語り手」は挙げているが、ホッブスの『リバイアサン』は英語、ライプニッツの『単子論』はフランス語で書かれた。
逆に、啓蒙時代について、「語り手」は「<国語>で花ひらいた学問」(P.198)としている。そりゃ趨勢はそうかもしれないけれど、その時代にラテン語で書いていた、ガウス、ヤーコビ、ニュートンという主要な科学者・数学者の存在には、なぜか触れていない。
最後に、もう1つ。「語り手」の定義では、『二重言語者』と『単一言語者』が相補的に位置づけられているが、ともに、最低限、母語を「読める」ことになっている。
では、近代以前、おそらく人類の大半を占めていたはずの『母語を読めなかった人達』は、「語り手」の立論の中ではどう位置付けされているのか、発表分を読んだ限りでは明示されていないと思う(アンダーソンならば、国民を必要とした国家が国語教育を展開、といった説明が可能)。そうした人々は、眼中にないということだろうか?
本論(?)では、より高い叡智を求める人間ばかりが強調されているけれど、大多数の人間の実際の社会行動を射程に入れないままでは、「評論」としてどうなんだろうか?
<気になる点>
やがて出版される全体の中で、今回の発表部分は、どういう位置づけになるのだろう?
たとえば、この部分は、『本格小説』の冒頭のように他の部分とはかなり違った役割を担っていて、上記のような穴の多い立論や検討にも、ちゃんとオチが付いていたりするのだろうか?出版が楽しみだ。
とりあえず、以上。
#本日の英語の運動: All-in-One11セット目第3ゲームやった。ExEも2セット目終わった。今晩もやるぞ。
#87文型は、上記の水村氏の評論(?)を読んだのでできなかった。今晩はやる。
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