broom’s posterous

早く解散しないと、誰が何に困るのだろうか?

首相にしか解散権がないのに、解散予定が早くから流れ、今度は首相が日程に言及していないのに、それが「先送り」された。

つまり、とにかく早く解散してほしい人達がいて、その意向を反映した報道が大量に流れていた、ということか?

確か、『解散したって、今のねじれは解決しないから、解散しないだろう』といった逆の報道も流れていたと思うけれど、今や、大勢の報道に煽られて走り始めた結果、解散しないと本当に困る人達が与野党ともに出てきている様子。

こういうのは、『風評被害』とは言わないのだろうか?消費者ではないにしても、救済が必要かもしれない。

 

#本日の英語の運動: All-in-One10セット目第2ゲーム終わり。今晩もやる。

#ExEは2セット目第2ゲーム、87文型は2セット目第3ゲーム、それぞれやった。87文型は少し分量を増やす予定。

#Bloomberg(on Economy)の1時間番組(普段は1本が15分程度、それが毎日1~5本)の前半を聴いてみた。前半だけで3人の金融・経済関係者が金融危機について話していた。その時々の話題について、市場関係者や経済学者に話を聞くこの番組の形式は、こういう状況では非常におもしろい。しばらく前にはケネス・ロゴフも出演して金融危機について自説を展開していたから、レベルもそれなりで、Tom Keeneという司会者のコメントもかなり秀逸。お聴きでない方にはお勧め。

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日本の国対より米下院指導者の方が大変なのでは?

日本のような党議拘束なんてないし、どの法案にどう投票したかを採点されている議員達をまとめなければいけない。

女性とかどうとか言う前に、House Speakerという大変な職務に選ばれたペロシ女史が、どれだけの実力の持ち主か把握しておくべき。

それに、日本の国会は、はるかに小さな規模の不良債権処理法案でも、かなりどたばたの連続だったようにも思える。

 

#本日の英語の運動: All-in-One10セット目始めた。今晩は2ゲーム目やるぞ。

#87文型は2セット目の第2ゲーム終わり。ExEは2セット目の第1ゲーム終わり。今晩もやる。

#Podcastは、NYTとCNNを今朝聴いた。Bloombergは1時間番組なので、今晩聴いてみたい。

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アメリカさえ「孤立」はできないという現実を、アメリカ人は受け入れられないのか?

世界はドルで回っているけれど、全てのドルがアメリカ人のものという訳では、もちろんない。

従って、ドル危機(につながっていく危機)はアメリカだけの問題ではなく、アメリカの都合だけで無視されていい問題でもない。米下院議員は、そうしたドルの現実を、各選挙区で説明するべきではないか?

確かに、『失敗した金融機関を税金で救う』という提案に、アメリカらしさはない。今の時点で、国庫負担を最小限にしつつ、金融機関の損失を(本当に)確定させて、不良資産を公金で買い取る、といった無理のある話に、自分の税金を使われるのはごめんかもしれない。

そういう堅実で篤実なおっさん・おばさんが、アメリカを陰で支えているのは確かだ。

ただ、アメリカはもはや巨大な田舎ではないというのも事実だ。そうしたアメリカから、アメリカ国民も利益を受けているはず。再採決するか修正案を出して、国際金融市場を納得させるべきだろう。

まあ、これが民主主義なのだろうけれど、グローバリゼーションへの対応が大きく遅れれば、Reichが主張するように、世界はアメリカの民主主義さえ追い越して、先に行ってしまうかもしれない。

 

#本日の英語の運動: All-in-One9セット目終わり。今晩もやる。

#ExEは1セット目終わった。87文型は2セット目第1ゲームやった。今晩もやるぞ。

#Podcastは、CNN、Bloomberg、NYT、NewsPod、WSJ全部、今朝聴いてみた。相変わらず大統領選挙より金融危機関連が多い。

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映画「赤い風船」: 「夢」を描いて、悲しい日常を受け止める勇気

週末、ようやく『赤い風船』を見に行くことができた。銀座シネスイッチでの上映は朝10時からの1回だけ。あやうく逃しそうだった。

『白い馬』『赤い風船』の2本立て。この順序での上映は適切だと思う。

2つとも美しくて悲しい映画だけれど、昨年公開された『パンズ・ラビリンス』とは似ているようで、似ていない。近いといえば、92年(?)の『グラン・ブルー』のラストの方が近いと思う。

<「白い馬」「赤い風船」は、悲しい日常における夢>

どちらも、この世界では認められないものが認められる世界へと飛び出して行ってしまう話だけれど、『パンズ・ラビリンス』ではそうして飛び出して行った女の子が、実際の世界でどうなったのかがきちんと描かれているが、『白い馬』『赤い風船』ではそこが描かれていない、というか寓話のままになっている。

少年は生きたまま「どこかに」行ってしまう。その「どこか」は少年にも認識されていない。

また、『赤い風船』や『白い馬』では、この世の外へと主人公を誘うものが、日常の近いところにある。奇跡というより、珍しい日常、という感じ。

つまりは、『赤い風船』の語り手は、野暮なことを描かない洒脱な人なのかもしれないけれど、寓話の世界と日常の世界を近づけているようでいて、交わらせずに分けていると思う。

後述の『パンズ・ラビリンス』のような「人間の日常の中に共存する宗教・奇跡・異世界」という視点ではない。そこには、神様や奇跡なんてあってくれなくても、俺は夢を描きながら生きていってみせるぞ、と言いたげなフランス人らしい気概さえ感じられる。

<『パンス・ラビリンス』は、異世界を併せて生きていく日常>

『パンズ・ラビリンス』では、もう少し、この世ならざる世界の存在が素朴に信じられていて、映画を見る者とのそうした世界の共有さえ企図されている気がする。

『パンズ・ラビリンス』では、少女はそうした世界に、独りで試練を越えて入っていって、自分らしい選択をして、この世での生を捨てて、一人でそこへ去っていく。

言ってみれば、そうした世界の存在自体が、日常と(近くはないけれど)並行している。少女は、日常と、それとは大きく異なる異世界を、どちらも自分の「現実」として、最後まで一緒に生きていく。自分らしく生きる場所が、最後に1つになっただけだ。

全く異なる舞台設定ながら、2人の監督の訴える日常の悲しさは意外と近く、それをどう受け止めて生きていくかという選択は大きく異なっている感じだ。

<ラモリス監督の選択に賛成したい>

自分としては、一緒にこの世から飛び出していく、近しい相棒がいる、という「赤い風船」の設定に惹かれる。共に行く者がいてくれるのなら、現実から飛び出す決心もできるかもしれないと、『赤い風船』のラモリス監督が思っているのなら、賛成できる気がする。

そういう者(だと信じられる者)が近くにいてくれるという、少し現実的な奇跡の方を、彼が選びたいと思っていて、そういう者の存在があってもなくても、生きていくのが勇気だというのならば。

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反小泉なら小泉にもできなかったことができるのか? 政治家には表示責任はないのか?

『反小泉が世の主流』といった報道ばかりになってきたけれど、では主流になった人達は、小泉さんにもできなかったことができる人達なのだろうか?もちろんそれなら良いけれど。

「小泉さんならできたことができない人達」はともかく、「小泉さんでなくてもできる事をやらない人達」とか、「小泉さんなら絶対にやらなかった事ばかりやる人達」ではないことを祈りたい。

看板や商品名どころか法令上の表示も当てにならないのが世のもう1つの主流らしいから、これは、『小泉後継』といった人達も含めて政治家一般に当てはまりそうだ。

名前ばかり連呼される割りには、内容を判断する材料が足りないところが解決へのポイントだとすれば、政治家にも表示責任が必要だろう。

リスクの高さを考慮すれば、選挙ポスターには、第三者機関による成分表示や規格表示を付けてはどうか?

 

#本日の英語の運動: All-in-One8セット目第3ゲーム終了!今晩もやるぞ。

#ExE6ゲーム目やった。87文型は1セット目終了。今晩もやる。

#GTD一読完了!『適当』でも『ポジティブ』でもなく、『やるべきことをもれなく把握して、それぞれを次に進めることで得るリラックス』ということだろうか。索引からキーワードを拾って、再読したい。

#次は、Greenspan(エピローグの付いた新版)かTalebかReich。

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政治家は踊る されど政策は回らず 政策を回してみせた変人は引退してしまう

最近議論されている「ディーラーとリスクテイクの関係」は、政治家と政策についても当てはまりそうだ。

政策がないと政治家は踊れないので、派手な政策が提示される。

けれど、その最終的な成果が確定するのは、2つくらい後の内閣になってからだから、当の政治家は逃げ切ることもできそうだ。

それなのに、本当に世の中を前に回すような政策をわざわざ選ぶ政治家は、少なくとも周囲からは、変人と呼ばれてしまう。

「日本製じゃないからこうなる」と切り返して大向こうが受けてくれるのだから、日本製品への世界の信頼はまだ落ちていないのだろうけれど、経済政策について、世界の信頼を得ているのは、現行のそれとは別の「日本製」かもしれない。

変人になることを選んだばかりに孤立して引退する希有な政治家には、拍手を送りたい。

 

#本日の英語の運動: All-in-One8セット目終わり!今晩から9セット目!

#ExEは昨日のうちに3ゲーム目やった。今晩からExEは夜やることにしよう。

#87文型は今朝5ゲーム目130個やったぞ。今晩もやる!

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遂に貿易赤字

7月貿易統計速報では、貿易収支が3240億円の赤字になった。26年ぶりらしい。

他方、金融危機対応で、大量のドル資金を市場に供給しなければいけないから、この局面で日本だけが円安誘導に走るのは難しいはず。

外需が立ち直ってくれるまで待つとすれば、実際、3年くらいかかりそうだ。

 

#本日の英語の運動: All-in-One8セット目第3ゲーム昨晩やった。今晩もやるぞ。

#87文型は4ゲーム目120個やった。EXEはできなかった。今晩やる。

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何が全治3年なのか?

麻生新総理がおもろそうなおっさんであることは認めるけれど、「日本経済が全治3年」とは何のことだろう。

小泉改革を全て元に戻すのに、それくらいかかるということか。

日本経済の或る部分が大変な状態なので、2010年の黒字化目標を、3年猶予したいということか?そんな部分をいつまでも存続させようとするから、全治3年かそれ以上になっているような気もするけれど。

小泉改革を過去のことにしたがっているようでは、全治3年なのは自民党なのかもしれない。

 

#本日の英語の運動:Podcastは寝る前にNewspodとWSJを聴いた。All-in-Oneは8セット目の第3ゲームを今晩やるぞ。

#今朝は、EXE2ゲーム目100個やった。1時間くらい。87文型は3ゲーム目120個。40分くらいかかった。

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iPhoneは電話もできるパソコン

iPhoneを使い始めて、1ヶ月。マスコミではなにやら評判が良くないけれど、SE/30の頃から使っている身としては、Appleが日本でマイナーなのはいつもの事なので、あまり気にならない。

携帯キャリアが嫌がっているのは、iPhoneというよりは、Appleの販売手法の方だろうし、販売台数が伸びていないのは、スマートフォンのアーリ-アダプターの規模がまだまだ小さいからではないか。

「タッチパネルは他にもある」という話もあるけれど、それはWindows3.1の頃にも聞かされた話だ。

使ってみると、iPhoneが携帯電話ではないことが良く分かる。これはMacやNewtonの発展型であって、偶々電話もできるようになっているだけ。

電話よりありがたいのは、どこでもパソコン並みに、ネットにつなげられることだ(HotspotとWirelessgateを利用)。

日本語のサービスがメインで、ネットはおまけでしかない携帯とは、アクセスできるリソースの幅も質も全く違う。たとえば、携帯でNewYorkTimesを読むとか、Amazonで本を探すのは、ちょっと曲芸に近かった。

海外に出る時は、2年前からSIMフリーのTreo650を使っている。Treoの方が日本語入力がずっと楽で、便利なアプリもまだまだ多い気がするけれど、ネットとの親和性はiPhoneの方が高いと思う(最近のPalmはどうなんだろう)。

OmniFocusのようなGTDできるアプリもあるので、紙の手帳とどう分担・連携させていくか考えるのが、携帯の時よりも面白そうだ。

まずは、InBoxへとにかく入れていく作業と、リマインダーとしての仕事を、Googleカレンダーと一緒にやってもらうことになると思う。次のアクションを考える作業もできることはできるけれど、日本語入力がどうにも弱いので、ガシガシ進められる状況にはなっていない。

 

#本日の英語の運動: All-in-one8セット目第2ゲームやった。明日もやるぞ。

#EXE120個ずつ始めた。1時間と少しかかる。87文型は2ゲーム目の今日は130個やったぞ。

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脱藩官僚という官僚が必要なのだろうか?

「脱藩官僚」が話題になっているけれど、彼らが何をしたいのかが良く分からない。

自分達の持つ特殊なノウハウを何冊もの本を通じて喧伝している割りには、ノウハウ自体はそれほど公開していない。ロビーストになりたいのだろうか?

彼らが優秀な人達であることはもちろん認めるけれど、彼らのいうノウハウは、結局、IT用語でいう「バッドノウハウ」でしかない。

官僚が駆使するバッドノウハウに対抗するためのバッドノウハウが必要なことはもちろん理解できるけれど、そんなノウハウに精通する必要があること自体をどうにかするべきなのではないか?

仮に、そうした全く新しいシステムへの切り替えが(何らかの理由で)できないのなら、実装の小幅な改良で何とか乗り切っていくしかないのかもしれない。つまり、脱藩官僚が必要なのは、大きなシステム変更ができない場合なのだろう。

たとえば、バッドノウハウが不要になるような規制法制(コーディング規則のようなもの)を、脱藩官僚がまとめて提案してはどうだろう?

そんなことをしたら、脱藩官僚の仕事がなくなってしまうかもしれないけれど、彼らは十分、他に良い仕事を見つけられるはずだ。

 

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