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地元のためなら、日本を壊す?! :野中尚人『自民党政治の終わり』を読み終えて 3

総理がペルーに行った途端、郵政民営化に(相変わらず)反対らしい自民 党議員達が、「国民が不便なら、元に戻すべき」といった発言を始めた。
 
業務的には殆ど変わっていない郵便事業等が『不便になった』と感じてい るのは、いったい、「国民」のどの部分のことを言っているのだろう?
 
仮に中山間部での業務内容が縮小して不便だというのなら、その部分だけ を問題にすれば済むことではないだろうか?株式売却等を凍結する必要は ないはずだ。
 
何らかの必要が生じたのであれば、その点を明確に説明するべきで、国民 のせいにするべきだろう。確か、マニフェストにも載っていた政策なのだから。
 
<自民党への地元の要望は変わったのか?>
そもそも、自民党の政治家が、『自分の地元が困っているから、マニフェ ストにあった政策だって変えなきゃいけないんだ』と正直に言っても、誰 も驚かないのではないか?

たぶん、やっぱりね、と思うだけだろう。次の選挙で自民党に投票するかどうかは、ともかく。
 
なぜなら自民党は、橋本政権や小泉政権のような例外を除けば、包括的に 何でも引き受けてきた政党だったはずだから。
 
伝統的にみて、或る方向性の政策のみを明確に選択してきた、共産党のよ うな政党ではない。
 
そもそも自民党の伝統的な支持層は、何らかの大きな政策体系の実現を付 託して自民党議員を選んできた訳ではない様子。
 
議員の多くも、或いは、政策は官僚が与党のプロセスを通じて作るもの で、自分の仕事は地元を固めて当選することと考えている様子だ。
 
自民党が政権を維持した期間が極めて長期にわたっていることから、その 支持基盤、そこへの利益配分は、全国津々浦々の相当に深いところにまで 浸透しているようだし、そうした支持層からは、自民党が政権を維持する ことが「自然」なことと受け止められてきた。
 
そうした伝統的な自民党システムは、小泉政権の「新自由主義的な政 策」、より具体的には2005年の総選挙によって破壊されたかのよう に言われているけれど、どうやらそうではなかった。
 
壊れてはいないし、上記のような自民党体制に大きな影響を及ぼしたの は、小泉内閣の経済改革政策ではなかったのかもしれない。
 
たとえば、前回の参院選での敗北以来、自民党議員から挙がったとされる 不満は、結局、『歳出削減によって、これまでの手法での支持基盤維持が できなくなった』『改革政策では、地元の支持を維持できない』という点 に集約されるように思える。
 
つまり、政策体系の方向性の問題というより、支持基盤確保のために使え るリソースの問題が、議員達の不満の要因らしい。
 
とすれば、参院選の敗北について、財政健全化のための歳出削減が原因と いった方が正確で、『小泉改革=新自由主義の「小さい政府」=歳出削 減』という説明は、ミスリーディングだろう。「新自由主義」の権化のよ うに言われているブッシュ政権は、財政赤字を拡大させた、その点では 「大きい政府」だったから、「新自由主義」と歳出削減は必ずしもつなが らないはず。
 
<選挙区での戦いの焦点は変わったのか?>

他方で、選挙区が上記のような状況でも、政治家が企図する政策実現を目 指すような人であれば、問題はないかもしれない。
 
ただし、日本の選挙制度では、他の先進国とは異なり、立候補者は、公務 員等の兼任が認められず、高額(かつ引き上げ続き)の供託金が必要にな ることから、立候補者の層が十分には拡がっていない。
 
その結果、政治家を専業とする家系が候補を出すことが増え、そうした候 補者にとっては政治家は「職業」だから、当選するために、政策の明確化 より地元への利益誘導が効果的という現実があれば、当然そちらが優先さ れてしまうだろう。
 
そうした伝統的な実情の続いた時間と根の深さを考慮すれば、大きく変化 するにはまだまだ時間がかかるのかもしれない。
 
確かに、小選挙区導入によって、本来的には、政策による選挙に転換して いくはずだったけれど、相手の民主党が、自民党と大枠としては同じ方向 で、利益配分の点で少し色味・旨味が違う政策を提案しているのだから、 政策は争点にならない。
 
歳出削減で先細りになった利益配分を元に戻さないと、民主党候補に勝て ない可能性も出てくるはず。
 
とすれば、自民党議員にとっての実際の選挙区の状況は、闘う相手が、同 じ自民党の候補から、民主党候補に変わっただけで、中選挙区の当時とあ まり変わっていないことになりそうだ。
 
だから、議員達にとっては、政策も昔のままに戻してもらった方がありが たい、ということになってきたのかもしれない。

 
<それでは変わる必要はなくなったのか?>

ところで、海部政権や橋本政権、小泉政権が、小選挙区導入や歳出削減、 政治改革を進めてきたのは、冷戦後の内外情勢に日本政府が対応していく ために必要だと判断してきたからではなかったか。

現在の日本において歳出削減が不要になった訳ではない。財政事情は今後10年くらいは変わらないだろうから、本来、自民党の側が、それに合わせて選挙の戦術を変更するべきはず。もはや、お気楽なオールド・ケインジアンには戻れない。

選挙区の人達に、伝統的なやり方からの変化が必要だと説明することは、代表である国会議員以外にはできないことだろう。

そして、リーダーシップについても同様だ。世界の現状をみる限り、歴代内閣が必要と判断してきた、迅速で強力なリーダーシップは、今こそ必要とされている ように見える。

たとえば政権末期のブッシュ政権でさえ、100年に1度の金融危機に遭遇して、往時の日本政府とは比較にならないス ピードで、金融危機への非常に難しい対応を進めている。そうしたリーダーシップを国民も当然のことと受け止めている。
 
他方、野中本も指摘するように(P.136、137)、自民党は伝 統的に、政策決定について『ボトムアップ』『コンセンサス』を重視す る、日本的な組織だった。
 
そして、議員内閣制を採用している他の先進国に比べて、日本の場合、政府による議会 への統御が難しい制度になっているため、政策形成の円滑化を図る観点か ら、与党による法案・政策の事前審査が定着してきた。
 
その結果、全会一致を原則とする自民党総務会を通過するべく、莫大な時 間をかけて政策・法案が形成されてきた。
 
これまで実績があるシステムであるのは確かだとしても、このシステムか らは、迅速で強力なリーダーシップは出てこない。
 
また、そうした伝統的なシステムを通じて出てくる政策・法案は、日本的 な他の組織で起きているように、結果として、「誰も反対しない」ものと なることが優先され、政策としての方向性が不明確になるのは仕方がない と評価されがちだろう。

<今後、どう進められていくだろうか?>
『局あって省なし』という言葉があったように、もしかした ら、これまでは『地元あって政策なし』でも、日本の政治はうまく回ってきたのかもしれないけれ ど、本当に、これからもそれでうまく行くのだろうか?
 
本来的には、郵政民営化は、財政投融資改革からの当然の帰結として必要になったものだ。ディテールに問題があるのなら、まずそれを説明するべきだろう。それとも、財政投融資も元に戻すべきなのだろうか?いったい、何のために?
 
あるいは、多くの国民が支持した政策を覆すほどに、自らの支持基盤の強 化が必要なのかもしれない。

それならば、自民党議員の中にどんな事情があるにせよ、 同じく国民への明確な説明が必要なのではないだろうか?

そうした説明がなされなければ、次の総選挙での自民党のスローガンは『地元のためには日本を壊す!』になってしまいそうだ。

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