政治は、経済学上の法則の実現を遅れさせるためにあるのか?
経済学上実証されている事態の推移だとしても、『俺は嫌だ』といって、 その推移の実現を遅れさせることができるなら、人はその手段を選びたい だろう。
その手段は、文明の発展とともに、精緻で強力なものになってきたはず だ。
政党も組合も利益団体も、そうした「政治上の調整」のための組織として 存在しているのだから、『経済学の法則では、こうなるべきだ』などとい う主張には、(理解できるとしても)あまり興味はないはずだ。
たとえ最後はそうなるのだとしても、それをどれだけ遅れさせるかが、彼 らの仕事なのだろうから。
したがって、政治上の調整を経て実行される経済政策は、政治的な真空で も実現しない限り、経済学上あるべき形からは(ほとんど常に)はずれた ものになるだろう。そのことに苛々しても仕方がない。
いずれ、経済学上実証されているような推移は実現する。時間はかかると しても。結果として悲惨な状況を伴うことになるとしても。
ただ、或る国が、その経済政策において、経済学的に最適とされる方向に 20年近くもたどり着いていないとしたら、その国の政治は、或る意味で 「すごい」仕事をしていることになるのかもしれない。


